わが被曝と晩発障害の記 その5(最終回)

2013/3/24

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チェルノブイリ周辺では事故後に生まれた子供に、先天的な心臓の奇形が増えている、というテーマのドキュメンタリー映画「チェルノブイリハート」が日本でも上映され、話題を集めている。しかし、組織的・継続的な研究と追跡は全く行われていない。

ICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)など、福島原発事故以来日本でも有名になった国際機関は、個人の健康を放射線から守るための基準や方法を提示しているわけではない。

政府や東電が金科玉条のように掲げているICRPの基準は、原発や核兵器工場の管理者、事業者、あるいは為政者が、作業員や周辺住民に、どれくらいの被曝を強いても許されるかという、受忍の限度を示しているに過ぎない。

ICRP自身がそれを認めている。個人の健康を守るための基準ではなく、為政者の政策判断の参考にするためのものだと。IAEAはもともと、原子力の平和利用の促進=原発の普及促進などを目的とした機関である。ICRPもIAEAも、安全の監視役などではない。わかりやすく色分けすれば、事故の影響は過小に、原発のメリットは過大に評価してきた国際原子力ムラの一員である。

だから、チェルノブイリに関するIAEAの報告はお粗末で、意図的に健康被害を見逃している。IAEAの調査チームは当初、被爆との因果関係がはっきりしている小児抗甲状腺がんの急増すら認めようとしなかったのである。

フクシマの被曝は、私の被曝とはその道筋が根本的に異なる。きちんとは開示されてはなかったが、私はある程度のリスクを承知で、放射線治療を自分で選んだ。結果的に放射線被曝は治療には何の役にも立たず、様々な晩発障害のリスクを抱えることになったが、それも自らの選択である。

フクシマでは、原子力から何の便益も受けてなかった人々が、放射能汚染によって暮らしの基盤を破壊され、被曝によるリスクにさらされている。全く理不尽な、納得し難い不幸を、突然抱え込まされ、家族、友人、地域社会、仕事、家、平穏な日常を失っている。

避難するか留まるか、フクシマは二重三重の意味で引き裂かれている。そこに、100ミリシーベルト以下は安全などという非科学的な「おためごかし」で、安心を安売りして既得権益に与する「放射線医学者」を自称する一群がいる。

山下俊一・福島県立医大副学長を筆頭とするグループで、民を放射線におびえて無用な心配をする無知で愚かな存在とみなし、「正しい科学」で教え導くことをめざしているらしい。

彼らは、低線量・低線量率の被曝リスクを、被災住民が納得する言葉で語る事をしない。

福島でホームステイしながら放射線の計測を続け、「土方学者」と呼ばれている独協医大準教授の木村真三氏は、リスクを真摯に語る数少ない科学者である。新潮45の2013年3月号に同氏が書いている「双葉町には160年帰れない」と題する一文は、必読である。

「安心をいう放射線医学者は、単身赴任や単身出張ではなく、孫を連れて放射能汚染地区に移住せよ」。100ミリシーベルト以下は安全というなら、放射線への感受性の高い身内の幼児も一緒に移り住んでいらっしゃい、という主張である。家族や親せきは安全地帯に置いて、中年過ぎのおじさんだけがやって来て、福島県民に安全を説くとは、何という思い上がりだろう。

偽りの安全こそ、最も危険な毒である。

故郷を分断し、地域社会を分散し、家族を引き裂き、個人の心から穏やかで安定した日常を奪った、放射能汚染が、安全だという、リスク隠蔽こそ、被災地を蝕む最悪の毒である。

除染では、リスクを隠蔽するウソつきの「毒」をまず排除することから始めるべきだ。

わが被曝と晩発障害の記(了)

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