わが被曝と晩発障害の記 その3

2013/3/9

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偉そうなことを書いていても、仕事上のコネを使って名医の手術を受けて生還した、という批判は甘んじて受けなければならないと思う。しかし、いいことばかりではない。60歳をこえてから、私の体を「晩発障害もどき」が幾度も襲ってきた。

21年前に若い医師が私にいった言葉を思い出した。彼は20〜30年後に両ほほが垂れ下がってくるのを「ほぼ確実に」といった。耳鼻科の医師たちの間では、ほほやあごの下の皮膚が垂れ下がるのは、放射線治療・被曝による確定的な影響として、知られているようだ。照射を受けた範囲は局所に限定され、照射時間も長くはないが、高線量被曝による確定的な影響である。

白内障も、放射線被曝による確定的影響の一つとされている。ただ、それが出てくるのは、被曝直後ではなく、かなりの時間を置いて発症する場合がある。確定的だが晩発性、という厄介な存在だ。

放射線治療を受けた5年後くらいから、左目は白内障で視力が落ち始めたが、右目だけで仕事には何とか足りた。しかし、その右目が、3年前に眼底出血を起こし、赤黒い膜が視野を覆い、ほとんど視力を失った。

眼底出血の原因は糖尿病性の網膜症とされた。確かに血糖値は少々高いが、ヘモグロビンa1cと呼ぶ、平均的な血糖の値を示す数字は、5,8〜6,7程度で、重篤な網膜症の要因としてはやや弱い。全身症状である糖尿病が要因なら、なぜ右目だけに重い網膜症が突然現れたのか。放射線障害による網膜症の存在を示唆する論文もあると聞いて、それに違いないと、私は勝手に得心した。

とりあえず、眼底にはさしたる異常がない左目の白内障手術を行い、矯正視力で1.5まで回復した。術後、世の中すべてが毒々しいほど鮮やかに見えて、驚いた。次に、右目の網膜硝子体手術で、出血と血管の新生で濁り視界を遮っていた硝子体を除去し、少し発症していた白内障の手術も同時に受けて、現在は右目もかなり見えるようにはなっている。

次に来たのは、頸動脈の狭窄である。超音波やMRI(磁気共鳴撮影)で、左頸動脈の内頚動脈が80%ほど狭まっていることが分かった。放置すれば、2年以内に脳梗塞を起こす確率は70%、と告げられた。

糖尿病性の動脈硬化が原因とされたが、右の頸動脈には狭窄など全くない。動脈硬化による異変の現れ方は、全身均一ではないことは理解できる。しかし、同じ頸動脈で、右と左が天と地ほども違うのは、解せない。

私はこれを、放射線の確率的な影響による晩発障害だと解釈することにした。右に出るか、左に出るか、両方に出るか、いつ出るか、決まってはいないが、ある確率で誰かに出る。

ヒトは受け入れがたい不幸に会うと、それを乗り越えるために納得のゆく理由と筋書きを求める。私にとっては、それが放射線による確率的な晩発障害なのかもしれない。

2年前に、足の付け根から左頸動脈までカテーテルを入れ、狭窄しているところに、ステントと呼ぶ血管拡張用のリングを挿入した。血流は改善し、私は再び酒の飲める体になった。

その4に続く

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