わが被曝と晩発障害の記 その1

2013/3/3

晩発障害のリスクに冷淡なICRP(国際放射線防護委員会)に対し、私が批判的なのは、個人的な理由もある。
私は21年前に、吸収線量にして70グレイという高度の被曝をしている。生体への影響度の単位であるシーベルトに直すと、70シーベルトになる。これが全身被曝なら、間違いなく即死だろう。全身被曝の100%致死線量、7シーベルトの10倍である。

1991年2月、私は喉頭がんの治療のために、東京・河田町の国立国際医療センターに入院し、X線とγ線の中間領域の放射線照射を受けた。短時間、ビームを絞って、強い放射線で喉のがん組織を狙い撃ちする治療だ。幸い、吐き気やめまい、白血球の急速な減少もなく、急性症状は顕著ではなかった。「原子力の取材で減感作され、放射線に耐性ができたらしい」などと、非科学的なジョークをとばしつつ、時折、病院を抜け出して、新宿方面のすし屋などに出かけたりもした。

放射線治療にあたって、晩発障害のリスクについては明確な説明を受けた覚えがない。急性の症状については、耳にたこができるくらい聞かされたが、将来のリスクについては、聞かされなかったし、尋ねもしなかった。放射線治療が一段落した後の診察で、出張で不在の主治医に代わる若い医師が、こうつぶやいた。「20年、30年すると、ほぼ確実に両ほほが垂れ下がってきますよ」と。

放射線照射で、喉頭のがん組織は一応消えていた。これでまた酒が飲めるなどと気楽な事を言っていた不良患者はぎくりとした。今、照射から21年たって、私の両ほほは、若い代診医師の見立て通り、少しずつ確実に下に垂れてきている。現在の顔写真をご覧いただけば、それは一目瞭然である。
そして、晩発障害とおぼしきいくつもの病変が、60歳を過ぎてから次々に現れてきた。頸動脈の狭窄、眼底出血など、結構重篤なそれらの病変が、20年前に放射線を浴びた頭頸部に集中していることも、気になっている。
これらが長年の飲酒と夜更かし(タバコは21年前から1本も吸っていない)などの不摂生が原因なのか、それこそ放射線被曝の影響なのか、評価は難しい。愛する酒のせいにはしたくない。結果的はがん治療に役立たなかった放射線のせいだと、私は思いたい。

放射線治療から10カ月後、わが喉頭がんは見事に再発した。70グレイの強力なガンマーナイフは、一瞬の切れ味を見せたものの、しぶといがん組織の根源は断ち切れなかったようだ。許容線量が決められていない医療被曝とはいえ、限度に近い放射線を浴びた私に残された道は、外科手術だけだった。

その2に続く

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